iNPHという病気〜治療できる歩行障害・認知症・尿失禁があります〜 患者と家族の体験談 サルさんの場合
  • サル ロマノさん(Sal Romano)

    今振り返って思いますが、ほとんどのご家族は、医師に治療法がないといわれた場合、愛する人が痴呆症になったことを黙って受け入れてしまっているのではないかと想像します。
    しかし、サル氏の場合はとても幸運でした。

物忘れ、奇妙なふるまい…娘は父とともに医師のもとへ

イメージ画像サル ロマノ(Sal Romano)、78歳、II型 糖尿病(インシュリン非依存性糖尿病)に罹患。

一人住まいであったが、約1年家族がきめ細かく世話をして、薬剤を管理してきました。サル氏の娘によると、世話をするようになったのは、「思考がさらに鈍く」なり、物忘れをするようになってからということです。サル氏が過去に好きだった地方紙編集者への投書や政治キャンペーンの参加などにも関心をなくしました。

また、歩行も困難になり始めました。あたかも足が床に糊付けされたようになり、歩幅が狭く、緩慢で不安定な足取りになりました。

ここ数カ月、サル氏は簡単なことをするのも困難でした。たとえば、既に計算ができなくなっており、小切手帳の残高計算をするのにも誰かの援助が必要となったのです。また、振る舞いが奇妙になり始め、自宅から近所の似たような家に自分の身の回り品を何度となく自動車で運びました。

このため、娘はサル氏をプライマリーケアーの医師のところに連れて行きました。医師は何の診断検査もせず、老人性認知症と診断し、治療法がないと娘に伝えました。

何の診断検査もなく、治療法もないと言われて…

その後も、サル氏の短期記憶、集中度、認知症はさらに悪化していきました。サル氏は、家庭用品の置き場を自ら間違えておきながら、他人を責めたり、特に孫たちに当り散らすようになりました。また、サル氏は近所でよく道に迷いましたし、夜眠られないので、日中2回眠るようになりました。

サル氏の歩行がさらに不安定になったため、転倒して心配でした。時には尿失禁も認められました。サル氏の健康と安全を気遣い、娘はもう一度医師に予約を取って会いましたが、医師はサル氏が治療不能な認知症であると診断しました。娘は医師の診断を受け入れられず、新しい地方病院の老人精神医学科に連れて行きました。

入院、そして検査

サル氏が入院した後直ぐに主治医、看護師、精神科医、脳神経科医、ソーシャルワーカーによるチームが結成され、サル氏の認知症の原因を確認し始めました。このチーム体制による診断のステップは、これまでにかかった多くの医師が日常の診療にはない重要な検査を含んでいました。

その検査は、1時間足らずの腰椎穿刺を行って、40-50mlの髄液を排出するのもで、サル氏に症状の改善が、特に歩行障害の改善が認められました。その状態はほぼ1日続きました。この検査の結果は、過剰髄液を排出する脳室-腹腔(VP)シャント術を行えば、症状の改善が得られるという素晴らしいきっかけとなります。

正常圧水頭症患者の80%に、術後2日目から認識/歩行改善/尿失禁の改善が

この処置に関する成功率データが不足していますが、正常圧水頭症患者の80%までに認識、歩行の改善、尿失禁の改善が少なくとも術後2日から始まり、数カ月間継続します。理由は明らかではありませんが、ある研究では認知症発症前に歩行障害が認められた患者の改善傾向が最も優れていることを示唆しています。

サル氏がシャント術を受ける前に、看護師が術前の日常指導を行いました。サル氏が認知症のため、コミュニケーションが困難なことに気づき、看護師はサル氏のそばに寄って目線を合わせるようにしました。看護師はゆっくりとした声の調子で直接簡単に話をし、複雑なゼスチャーは避け、ときにはサル氏の手や肩に手をやって注意を引くようにしました。看護師はサル氏に1回に1つだけ質問をして、20秒間その答えを待ちました。看護師が質問を繰り返す必要があれば、混乱を避けるために同じ言葉を使うようにしました。さらに文書で日常指導を補います。看護師はサル氏が正常圧水頭症患者であるため、複数の水差し、カップ、コップを部屋から取り除きました。サル氏を手術室に運ぶ準備を手伝うときも、看護師はサル氏が心配したり、攻撃的態度になるのを最低限に抑えるため、ゆっくりとした態度で接しました。

重要な情緒面でのサポート

看護師はまた時間をかけてサル氏の娘に情緒面のサポートをしました。大勢の特発性正常圧水頭症患者の家族は愛する患者の病態や治療について、初めに誤った知識を与えられたことに怒りと挫折感を味わっているため、このサポートは重要なことです。

手術が完了、シャントが正常に作動

サル氏が全身麻酔下にはいると、シャントを大脳非優位側の側脳室に挿入しました。その挿入箇所を選んだのは、脳の損傷リスクが低く、術中優性側に損傷を与えることを最小限に抑えられるためです。

手術が完了すると、シャントは正常に作動していました。髄液は逆流防止弁のあるカテーテルに流れて、小さなリザーバーに入ります。髄液は皮下をトンネル状にして、腹腔に続くカテーテルに流れました。

サル氏の頭部切開部を包帯で巻き、術後最初の24時間は脳外科の集中治療室(ICU)で安静に寝かせました。腹部にもカテーテル挿入時の切開部を覆うガーゼが当ててあります。

術後最初の8時間は2時間ごとに、また、サル氏が体を動かす度に看護師は出血があるかどうか頭部包帯と髄液の排出をチェックしました。看護師は切開部に発赤、滲出液、異臭など感染の徴候の有無を調べ、さらに頭部の位置に関する脳神経外科医の指示にしたがってベッドを調節し注意深く看護しました。これは脳出血につながるおそれのある髄液の急激な排出を予防するのに重要です。

術後、最初の8時間から12時間は15-30分毎に、ついで次の12時間は1時間毎に、看護師は神経学的査定を行い、頭蓋内圧と脳内出血増加の初期徴候をモニターしました。これには頭痛、情動不安、意識低下、瞳孔反応遅鈍、筋力低下などの各査定があります。サル氏の看護師はてんかんがVPシャント術でおこりうる合併症であることをふまえて、てんかん発作に注意し、ベッドサイドに酸素吸入装置や必要器材を準備しました。ベッドは低くし、サイドレールを上げました。

サル氏は歩行障害で転倒しやすいため、脳外科集中治療室から治療/手術フロアーに移して転倒防止プログラムが施されました。これはスタッフが頻繁に安全を確認できるようナースステーション近くの部屋で行いました。サル氏の看護師はチェック項目に目を通し、コールライトを手元におきました。

関節可動域訓練で、筋力と持久力を維持し転倒を少なく

筋力と持久力を維持し、転倒を少なくするため、看護師はサル氏が定期的に関節可動域訓練を行うのをサポートしました。医師のもう起きられるという判断のもと、看護師は2時間ごとにサル氏がバスルームまでの距離を歩く訓練を手伝い、転倒しないように補助歩行器を用意しました。

サル氏の注意持続が衰退するため、たとえば、食事中お湯を不注意にこぼすなどの偶発的な傷害リスクがあります。看護師は何処にいても予め注意を払い、例えば、お湯などが冷めるまで患者の食事トレーにはのせませんでした。

術後一週間で退院

2,3日後に抜糸のため病院にまた来る必要はありますが、術後一週間して、サル氏は退院が可能になりました。サル氏の娘が家庭で世話をするため、退院前に看護師は娘も交えて退院指導をしました。看護師はサル氏の転倒リスクを少なくするため、理学療法が必要なことを二人に伝えました。さらに看護師は作りのしっかりした靴を履くこと、補助歩行器を使用すること、家の周りのなれた道を歩くこと、またできれば患者から離れないことなど家庭での転倒予防法を教えました。

切開部は感染の恐れがあるため、看護師は徴候に注意するよう教えました。また多くのVPシャントは数年間故障しないで作動するが、患者は合併症を発症する可能性があることを伝えました。一番頻繁に起こることにシャント機能不全があります。機能不全は組織または不純物がシャントを閉塞したり、離断すると発生します。このため正常圧水頭症が再発する恐れがありました。次に起こり得ることとして感染症があります。感染症の症状として発熱、衰弱、無気力と易怒性が発現することが多くなります。看護師はサル氏と娘にシャント感染の徴候または正常圧水頭症の症状が再発したときは直ちに医師に連絡するよう指導しました。

一年後には自分の好きな活動に再び戻って

術後一カ月して、サル氏は回復へ向かいました。サル氏の注意力の持続が長くなり、他の人とのつき合いも以前より上手になりました。術後6カ月記憶もよくなり、再び自分でお金を管理し、自分の買い物もできます。サル氏の歩行は明らかに改善して、道に迷うこともなく長時間歩くことができました。もはや失禁の心配もありません。サル氏は1年で自分の好きな活動に再び浸り、編集者に投書し、遊説もしています。

今振り返って思いますが、ほとんどのご家族は、医師に治療法がないといわれた場合、愛する人が認知症になったことを黙って受け入れてしまっているのではないかと想像します。しかし、サル氏の場合はとても幸運でした。

Copyright Clearance Center, Inc.を通して許可された‘RN‘Fraser, Cina ,(v59 n1) スタートページ:p35(5) ISSN: 0033-7021,1996,1; から Medical Economics Publishing Co., Inc.の認可を得て発表

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