ドクターズボイス
iNPHと診断されても、がっかりせず、
治療方法が見つかったと思って、
前向きに受診してほしいです。
田尻 征治先生熊本市立熊本市民病院
脳神経外科

ご紹介文
全国でも早い段階からLPシャント術に取り組んできた“シャント先進県「熊本」”。同県の熊本市立熊本市民病院で脳血管障害や小児脳神経外科をはじめとした脳神経外科全般の診療を行う中、2023年に“正常圧水頭症センター”を設立し、iNPHの診療にも注力。現在は月に5~10名の新患を診ている田尻先生にお話を伺った。
iNPHの治療に携わって何年目でしょうか?
「本格的にiNPHの診療を始めたのは2009年頃です。それまで続発性の水頭症を診ることはありましたが、熊本市内の病院で開かれた研究会に参加したときに、先行疾患がないのに起こるiNPHの存在を知ったのがきっかけでした。」
iNPHは、認知症や歩行障害が手術で改善する可能性があることを知り、仲間と共に本格的に診療に取り組むようになったそうだ。そして14年が経過した2023年、熊本市立熊本市民病院に“正常圧水頭症センター”を立ち上げる。
「現在は月に5~10名ほどの新患の方がいらっしゃいます。開業医の先生からの紹介や、転倒して頭を打ち、救急外来に来られた方が、画像検査でDESHが見つかり、放射線科の先生の所見をきっかけに、私の外来に繋がるケースも多いです。」
一方で、iNPHの診療には難しさもあると田尻先生は話す。
「iNPHはご本人があまり困っていないことが多いのです。実際には歩きづらさや認知機能の低下があるのですが、『自分は大丈夫』と思ってしまって、なかなか受診しない。困っているのはむしろご家族や周囲の方なのです。」
救急外来での画像検査や、開業医・ケアマネジャーの気づきによって診断に至るケースが多く、ご本人が本当に困るまで見過ごされやすいのが現状のようだ。
「特に一人暮らしの高齢者の中には、iNPHの方が埋もれていることも少なくありません。そういった方を、どうやって見つけていくかが大きな課題です。」
iNPHの治療に携わって、
印象に残っていることは?
「印象に残っている方はたくさんいますが、5年ほど精神科に入院されていた60代後半の男性のことはよく覚えています。」
その男性は器質性うつ病と診断され、薬も処方されて5年間入院していたという。しかし、ふらつきや歩行障害が現れたことをきっかけに、担当の精神科医がiNPHの可能性を疑い、紹介につながったそうだ。
「CTを撮るとDESHがあり、手術後はみるみる明るくなって、歩けるようになり、薬も減って、身の回りのこともご自身でできるようになり、退院されました。この方を見て、iNPHの症状は手術でここまで改善するのかと、自分自身も驚き、学びとなりました。これはすごいなと感じましたね。」
iNPHは、精神疾患と誤診され、見逃されることも少なくないが、このケースでは精神科医がiNPHの知識を持っていたことが、適切な診断につながる重要な要因となった。
「iNPHの症状である意欲の低下などの認知症状は、医師の中でも“気持ちの問題”や“歳のせい”と受け取られ、先入観から治らないと思われてしまうことがあります。実際に劇的に良くなった患者さんを診ていないと、なかなか信じてもらえないのです。でもこの患者さんの回復を見て、それまで懐疑的だったリハビリの先生たちも、iNPHは症状が改善する病気なんだ、見逃さないようにしようと、意識が変わっていきました。」
90歳以上でも手術は受けられますか?
「私の患者さんには90代前半の方が複数いらっしゃいます。」
90歳を超えていても、健康で意欲のある方は手術の適応になることがあるという。最近では、86歳で透析を受けていた車イスの女性が手術を受けたそうだ。
「その患者さんには2人娘さんがいらっしゃいます。とても熱心でよく調べていらして、『私たちはiNPHだと思うのですが、どこに行っても手術してくれない』と相談に来られました。タップテストで反応が良かったため、手術を行ったところ、家の中では伝い歩きができるまでに回復され、『介助量が全然違う!』と大変喜ばれていました。」
アルツハイマー型認知症を併存しており、1~2年ほどで再び車イス生活になったそうだが、それでも「手術前より動きはいいですし、手術したことをまったく後悔していません。」と娘さんたちは話しているという。
「麻酔の技術も進歩していますし、全身状態が整っていれば高齢でも手術は可能です。90代だからといって、手術をしない理由にはならないと思います。まずは検査だけでも受けてみてください。諦めないでやってみると、良くなるかもしれませんから。」
自宅の近くに脳神経外科がある病院がないのですが、
近くの病院を受診しても問題ないでしょうか?
iNPHは歩行障害が出るため、脳神経外科のある病院までたどり着くこと自体が困難なケースも少なくない。では、近くに診療できる病院がない場合、「私はiNPHだと思います」とかかりつけ医に相談するのは有効なのだろうか。
「水頭症の診療に対応している脳神経外科や神経内科であれば、CTを撮って画像検査をしてくれるでしょう。ただ、そうでない場合はなかなか診断がつかず、2~3の病院を転々と受診した末にようやく私の外来へたどり着く方もいます。そのため、少し遠くても、iNPH.jpで紹介しているiNPHの診療に力を入れている病院や、水頭症を多く診療している病院を探して受診することが近道かもしれません。私のプロフィールに専門分野として“水頭症”と明記しており、それを見つけて来てくださる方も多いです。」
iNPHは発見が遅れると、症状の改善度が下がってしまうこともある。だからこそ、少しでも可能性がある場合は、正常圧水頭症を診療できる病院を探して受診していただきたい。
「iNPHと診断されても、がっかりしないでほしいのです。改善する見込みのある疾患ですから。治療方法が見つかったと思って、前向きに受診してほしいです。」
シャント先進県・熊本から、iNPH診療の裾野と希望を広げている田尻先生。その歩みが、iNPHの患者さんにとって希望の道しるべとなるはずだ。
